オリエンテーリングって。

オリエンテーリング、というカテゴリーを作りましたが、もしかしたらこれを読んでくれる方がいるかもしれないので、少し説明をしましょう。
オリエンテーリングとは、野山で行うスポーツ。
あらかじめ用意されたコースを、コース上に設置されたチェックポイントを決められた順番どおりにまわって帰ってくるタイムを競うもの。
地図とコンパスを持って自分自身をナヴィゲーションするスポーツです。

私の育った地域では、小学校や中学校の遠足でグループで体験したことがある人が多いようです。

北欧発祥で、世界選手権も開かれています。今年はなんと日本で開催されました。
走って行うフットオリエンテーリングのほか、クロスカントリースキーをはいて行うスキーオリエンテーリング、ボートに乗って行うボートオリエンテーリングなどがあります。

私が感じるオリエンテーリングの魅力は、「自分で考えてルートを決めて、実行できるところ、思い描いたイメージどおりの景色が現れて、自分が行きたいところにいけること」

自然の中で行うスポーツなので、「生身」で感じられるのも魅力のひとつ。

雨が降ったら土の湿ったににおい、折れた木の枝から立ち上るにおい。
走っているときの風の感じ。ふと立ち止まったときに通り抜ける秋の午後の風。

公園で行われるパークオリエンテーリングというのもあります。
トップランナーたちは爆走しますが、子連れには参加しやすいかも。

なんかちょっと酔っ払ってるのでうまく説明できませんが、そのうち、もっとオリエンテーリングの魅力を伝えてくれているHPへのリンクを貼ろうと思います。

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冷静と情熱の間?

オリエンテーリングにすごく情熱を注いでいた頃。

がんばって走る、っていうことの、「がんばる」ってことを考えた。

オリエンテーリングって、ただ足の速い人が勝てるスポーツじゃない。

足に任せて走りすぎたら現在地ロストしたりする。

がんばる、っていうと、がむしゃらに力ずくで何かする、ってイメージがあったの、昔。

一般的にはどうでしょうか。

でもレースにとりくんで、分析すればするほど、冷静じゃなくっちゃやってられないことに気付く。

常に、どの瞬間も、今自分が何してるのか、何を確認して次は何するのか、って意識が通った時間。

意識を通わせつづける、明晰な思考を持ちつづける。

これじゃあただひたすら「早く早く」っていうこととは程遠い。

スピード上げてばんばん走れるレッグというのも見極めないと。

そう、常に意識を通わせるためにがんばる。ミスった時に焦らないように集中する。

冷蔵庫って、冷やすために熱を使うでしょ、ああ、そういうことなんだなあ、私にとってレースでがんばるべきことって。

と、つくづく実感した。

それを、なんだか、最近こどもにまたもやぶちきれた後で思い出したのです。

めちゃくちゃむかつく。

言うとおりにしないとき。おもちゃ片付けない時。

いそいでいるのに下駄箱の中に入っているはかせにくい靴を履くって言い張られた時。

こっちはいろいろ本当にがんばっているのに(そりゃあしばしばぼ~っとしてたりもするけど)、

やらなくちゃならないことを「やんないっ」とかいわれたとき。

いや、心の狭い私はとにかく切れまくっているの、あああ。

でもここでこどもにぶちきれることで、レースはめちゃくちゃにならないか?

ここで、他の誰かに電話でいらいらを聞いてもらうとか、そうじしちゃうとか、

エネルギーを他の形にする、っていうことに意識を向けるために、がんばってみるのってどうかしら。

冷静になるために情熱を使う、ってことね。

なんかそんなこと思いました。

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鳥の眠る森 というの名の地図

・・・なんてタイトルだけで私の素性がばれてしまいそう・・・。

私の10年来の趣味「オリエンテーリング」

久々にレースに出た。そのときに使った地図の名前が「鳥の眠る森」。
出る前に、これもひさびさにいろんなこと思い出した。感じた。思った。

オリエンテーリングについて。
昔、レースに出るたび、コースを走るたび、いいようのない不安を抱えて山の中を進んでいることが多かった。
何度も何度も地図見てるのに、自分で決めたルートが頭に入ってなくて、現地との対応もしてるんだかどうなんだか、意味もなく何度も立ち止まって地図見たりしてた。

子供が生まれて、まったく違う「いいようのない不安」の中にいるようになり、
とにかく私はやばい、なんとかしなくっちゃ、こどもを怒鳴ってぶち切れまくってる自分はやばい、このままじゃ坊ちゃんは私と同じように自分を信じられない人間になる、・・・・・・・・とかいうような不安が付きまとう日々。

が、いろいろな先輩お母さんに出会い、母親仲間に出会い、自分の感じるこの「やばさ」に共感してくれる仲間に出会い。
私がはっきり気付いた自分の生い立ちの中で感じていた不安の正体や、一人じゃ解消しきれない怒りや悲しみの感情。自分への自信のなさ。
向き合うのは今しかない。ココロの旅を、はじめた、母親になったばかりの私。
ココロの旅ってなにやってんの、というのはまた別の記事にすることにする。

要は自分と向き合うってことなんだけど、1年前よりはずいぶん良くなった気がする。
不安とか。自分ってダメだ、って感じとか。こどもが私たちのところにやってくる前よりはるかにいい。
傲慢とかではなく、私はここにいて、こんなんでいいんだ、という、自信も、小さな芽かもしれないけど、
自分の中に確かにあるってわかってる。

ふと思った。
「いまオリエンテーリングやったら、以前よりかんたんかもしれない」

かんたん。余計な考えとか思考とか意識が、ないかもしれないって思った。
ライバルに出会うんじゃないかとかいうことから、レースにまったく関係ないことを思い出したりすること、
無意味に立ち止まるということ、がなくなってるんじゃないかって。
これから自分は3番に行くんですよ。
3番に行くにはここをアタックポイントにする、ってことは、この沢に入りたいから、この方向のこれをチェックして・・・って、ルートプランする・・・。プランしたルートを、あとはたどるだけ。実行するだけ。

そこに何を迷うことがあったのかなあ、って。
なんだか、楽にそういう手続きが取れそうな気がした。まあ、セレクションとかないわけだし、気楽さは格段に違うんだけど。俗にいう、「肩の力を抜いて」やれそうな気がした。
やりたい、すっごくオリエンテーリングやりたい。
なまけものの私が、朝、走っちゃおうかなって思った。走っちゃったりしなかったところがまた私らしいんだけど。
準備して、オリエンテーリング楽しみたいなって思った。久しぶりに。
実際の結果は、またもや散々だったけどね。
大学卒業してから、ぱっとしないんだけど。特に結婚してからはいっそう遠ざかってたし。

それが、自分の心を見つめることをはじめてから、オリエンテーリングに熱を注いでいた頃に経験したこと、感じたことが、とってもとっても役に立つ。
役に立つというか、符合する。生き返る。私の中に息づいているんだなあってね。思ったよ。

オリエンテーリングは地図上に示されたチェックポイントを、決められた順にまわって帰ってくるというスポーツ。
チェックポイントにたどり着くルートは皆自分で決めて行く。
自分で決めて行くんだよね。

鳥の眠る森。辛かった、ばてた、技術もさびてたけど・・・私の心の中には確かに何か羽ばたきがありましたよ。
もすこし、短いコースに出よう、(今回は5kmちょっと)とは思ったんだけどね・・・体力は限界(^^;

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