ココロの奥深くを探った日

土曜日にだんなさんと一緒に子育ての講演会に行ってきた。
それがきっかけになって、ずいぶんココロの奥深くに入り込んでしまったようで。

土曜の晩はおでんにした。
だんなさんはみそ汁も飲みたかったらしく、私が作ってなかったので、
「自分で作るよ」と。

私はそういうのがすごく苦手だ。
自分が作ったもの+アルファをされると、なんだかすごく居心地が悪かった。
この日はそれがとっても悲しくなってきて、いいやこのまま泣いてしまえとぽろぽろ泣いてみた。

そしたら、「一生懸命がんばってやっても、必ずなんか言われる」って言う気持ちがでてきた。

さらにその晩、弟から電話がかかってきてお互い近況報告。
声優目指して父親に反対されつつもがんばっている弟、29歳になったばかり。
仲間と劇団も作って6年目。そして少しずつ他の劇団に客演するようにもなってきた。
「来年、客演することになって、初めてギャラがつくんだ」
「え~すごいじゃん いくらいくら?」
「○万円」
「すごいじゃーん、良かったね」
「でもとうちゃんに言ったらね”お前まだその程度なのか“って言われた」

はぁ?なんだそれ?はああ?不愉快極まりない!!

「なんだかねえ!!すっごい不愉快だよね!!」
「しかも誕生日に言われた」

まるで自分が言われたみたいにものすごい不愉快で悔しくてそりゃあもうむかついて、
ほんとに腹立たしくて。

自分の息子をそんなに見下したり否定したりするような言い方するなよ。
あんたは自分の息子が自分から見たら努力も足りない、現状認識も足りない、
まだまだあまっちょろいところにいる、いまだにバイト暮らしで実家暮らし、
気に入らないんだろうけど、自分の子育てのよって来る結果がそうなんじゃないの?
弟はほんとにいいやつだよ。
初めてギャラがもらえる仕事が来た。よかったね、良くここまできたね、ってなんでいえないのさ?

あんたは何でも「仕事」「ビジネス」
私が子供連れてってなかなか自分に慣れなかったときに「信頼関係がまだできてないから、仕方ない。信頼関係ができてからだね。ビジネスでもそうだ」

あんたほんとにバカだな。
人と人とのつながりがあってだから仕事もそうなんだろって。
ぜんぜん自分が子育てしてきたことを省みてないじゃんって。

そんな腹立たしく感じる出来事もありつつ。

そして月曜日。またもやモーレツにキレまくる私がいた。
きっかけはいっつもどうでもいいようなこと。命に関わるようなことじゃなくて、つまらないこと。
息子が、ご飯より先に肉や魚ばかりばくばく食べて、ご飯を食べる量が少なくなること。
野菜を食べないこと。おなかいっぱいで食べないのに食べ物をつぶして遊ぶこと。
うんちやおしっこが出たらすぐに言いなさいって一日に何度も言ってるのに、出てすぐには言わないこと。
「出てるんじゃないの」「何か言うことあるんじゃないの」といっても言わずにぷらぷらしてごまかしている
(ように見えて仕方ない)こと。
こっちが「~するよ」「~しーなーい」って必ず否定すること。しなくちゃならないことをする時にそれを言われると
よりいっそう腹立つ。
こっちが本気でぶちきれてるのに全然違うこと言い出したり手は他のことで遊んでたり。
近所に用事があっていくのに三輪車に乗って行くといい、自分ではなかなか漕がないこと。
いやいや、途中漕がずに押されるだけになると私がぶちきれる。

そうです。
すべておよそ二歳児に対して要求するにはおそらく相当する年齢が高すぎることばかり。
そして、それを、「まあいいか」とか「も~腹立つけどしょうがないか」とか、決してそう思えない。
絶対許せない。
毎日こんなに本気で言ってるのになんでわからないんだ。
聞き分けろよ。わかれよ。言うとおりにしろよ。
あんたが悪いんだ。言うこと聴かないから。
絶対許せない。

尋常じゃないぶちキレ方を、毎日しているのです。
土曜日の講演会で、「子供の頃十分甘えることができなかった人って、子供がうらやましくなって、厳しく当ってしまうことがあるんです」「共感と観察するのがいいです」と聴いてきて、響くところがあって、

どう考えても、おかしい。
私のキレ方って、どう考えても、おかしい。
以前から、子供の頃のあれこれが反映して厳しいし怒鳴っているって思ってたけど。
いや、これは、どう考えても、二歳児に言うことじゃないよ・・・。

と、完全にもう一人の私が冷静になっている状態で、
「だから早くやれっつてんだよっっ」と怒鳴りまくっている私がいる。

おかしいんです。やばい。
そんな中でも、一緒に講演会に行ってくれた夫がいるので。
要するに同じ話を聴いているので、私が何を聴いたことをきっかけに、どんなことを感じて、困っているのか。
その晩に話すことができた。
ぽつぽつと「私、やっぱり、どう考えても、おかしいよ」と話し始めるうちに、
「お父上とは、どうだったの?」「お母上には、どんなきもちだったの?」
と、なんと彼は聞いてくれたのである。

向こうから聞いてくれるのがうれしいなあと感じた。
そして最後には必ず、
「いつもいつも常に怒ってばかりなら困るけど、それ以上にやさしくしてるんだから、いいよ」
と受け入れてくれる。

それにしても、毎日子供にひどい影響があることは違いないので、ものすごく不安である。
自分の本心の本心から傷つけようとして怒りたくて怒っているのではないこともわかっているので
すごくぶちきれる度に苦しい。そしてどんなに反省して涙がこぼれても、またそんな場面を目の当たりにしたら
またぶちきれて怒って傷つけてしまう。どうしたら、いいのだろう。

なんでだろう。確かにいつもしっかりして優等生でいることで、存在価値を保ってきていた・・・っていうのは自覚していた。
でも、それを何でちっちゃな子供にぶつけるんだろう?大人に対してやるのと同じようにぶつけているのはなんで?

もしかして、私がちっちゃい頃に、年齢以上のことを要求されつづけてきたってこと?
大人がするような分別をもてって突きつけられてきたってこと?
私はずっと、何不自由なく、恵まれた環境で幸せに育てられてきたと思ってきた。
過保護だとも思ってきたし、甘やかされてわがままだとも思ってきた。
でも、実は、厳しく育てられてきたのか?実は、厳しくしつけられてきたのか?
言われてみれば、そんなにべったり母親に甘えていた思い出はあんまりなくて、
確かにがっつり怒られていた記憶ははっきりある。
皆そんなもんだと思っていたのだ。
門限が厳しいのも嫌だったけど、でもうちは恵まれている、贅沢なうちだって思っていた。

思い当たることはいっぱいある。
小学校の低学年の頃、給食が食べられなくて食べられなくて、学校に行くのが不安で不安だった頃。
しゃべるのが早口でどもりもあったりして。しかも車酔いがものすごくひどかった。
これって皆、何か心に不安やいえない何かを抱えているって言う症状だったり?

自分の欠点や子育ての至らなさすべてを、自分の生い立ちのせいにしていいとは思っていない。
けれど、共感も観察も「許せない」「どうにもできないほど腹が立つ」ということに邪魔されてしまう。

そんなの考えすぎなんじゃないの?って言う人もいると思う。
今の私には、これは、やっぱり、ものすごく大問題。無視できれば楽だし、子供とのんびり楽しめれば楽だ。
でも、ことあるごとに、頻繁にいろいろな場面で、「自分でやろうとしない」「我慢できない」「甘えてくる」って子供のあたりまえさに腹が立つ。
出口が見えなくて辛い。

辛い・・・けど、「やっぱりおかしい」ってはっきり気付いたのは、進歩。かな。

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