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ことば

なんだか最近、気になってしまう・・・

たぶんヒマなんだろうなあ。

丁寧な言葉遣い、とまで行かなくても、乱暴じゃない言葉遣いって、

ほっとしたり安心したりする。

自分がものすごく荒れた言葉、乱暴な言葉を機関銃のように使った後って、

自分のその勢いやすさみっぷりにやっつけられて元気なくなっていたりする。

絶対に使っちゃいけないとは思わないけど、人と意思の疎通をするときや

たとえばブログ、こういうところで使う言葉、

「無意識にそんな言葉しか使えていない」という状態にはならないようにしたいなあと思った今日。

とある人様のブログを拝見していて、書いてある内容はともかく、その文章の味というか、

雰囲気にがっかりした感じ。

勢いとか、腹立たしい気持ちを表現するのにああいう書き方をしていたのかなあ。

私にはそういうことがあるので、そんな風に感じたのだけど。

そしてもうそのブログを読みに行かなければよいのだけど。

ことばといえば

私は「ママ」「パパ」が苦手なのであります・・・

そういう風に呼ぶのね、どころか、時には受容も受け流しも共感もしたくないときがあってそれどころか否定したくなる瞬間さえ・・・

親に対する呼称がなぜ外国語なのだ~~という気持ちがあって

それだけではないのだけれど、どうにも耐えられない瞬間があります。

自分だってブログというか日記をパソコンでこうして書くときに、

「テンション高い」とか「フォローする」とかまったく何気なく外国語を使うことがあるけど、

しばしば「なんでわざわざ英語使ってるのかしら」と思っているのです。

日本語での表現に直したりすることももちろんあるし。

そういう作業をしないと、言葉の意味を考えるその思考が外国語化していって、

日本語を使って考えたときの感覚や、その過程がわからなくなって行きそうに思うことがあるのです。

日本人だからって、すべて日本語思考じゃなければならない、ということではないし

いろいろな国の人と意思のやり取りをしていく必要性がどんどん高まっている今の時代なのだから、外国語を使った思考回路やその感覚を養うことも大事かもしれない。

しれないけどさ・・・・

うーん、どうもこの辺でこの件について私の思考が止まってしまう・・・

何か考えたくないことでもあるのかなあ。

そこを何とかして思考を回転させるのはちょっと疲れるので今日は置いておくことにするのですが、

私は日本語ならではの、その言葉の向こうに広がる景色だとか植物だとか気候だとか。

そういうものをとても美しいと感じていて、

そういうものがとても好きなのです。

土地によって、その土地で使われている言葉(方言)でなければしっくりこない情景や心境もあるし、

ロックンロールはやっぱり大好きだし外国から入ってきた音楽で大好きなものもたくさんあるんだけど、

日本語が劣っているとか、外国語、英語表現はカッコいいというふうに一律には思いたくないのです。

包装紙に英語やスペイン語、フランス語などの文章や単語がデザインされたものなんかがあるけど、時々気恥ずかしくなる。

お店の名前も、ブランドの名前も、なぜみな英語?と感じたり。

自分も、外国語を使っています。外来語というほうが正しいのかな?

でも、雑誌、ブログ、自分の日記でもなんでも、必要性がない場面でむやみに日本語以外の言葉を乱発するのはなんだかイヤだ。

無意識に感じている外国語への憧憬みたいなものに、気付かないままでいたくない。

なんだろう。おなかの子達の名前を考えたりするからそんなこと急に感じたのかしら。

そうそう、おなかの子達の名前を考えるのが今はとても楽しいひと時なのです(^^)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんばんは~☆
久し振りにかなりの夜更かしです。
ろーずばどさんのことば日記、興味深く読ませていただきました。
「ママ・パパ」、そうですよね、どうして、大切な親の呼称が外来語なんでしょう・・・。
でも、私の場合、自分自身が「パパ・ママ」で育ってきているので、逆に「おとうさん・おかあさん」が、気恥ずかしくって言えないんですよ。おかしいでしょう~!?
おとうさん、おかあさんっていうと、立派な大人の親・・・というような印象があって、自分に対して使えないんです。等身大の自分に合わないような気分になるんです。困ったもんですね。

投稿: ようかん | 2007年11月 3日 (土) 03時04分

お久しぶり~。

!!!す、すごい時刻に書き込みいただいたのね・・・ありがとう。

そうそう、今の子育てをしている親自身が、外来語で育ってきているのだものね。
だから、お母さんお父さんが気恥ずかしいのは、私がママパパが気恥ずかしいのと同じですよね、きっと。
「ママパパ」のほうがいいやすいじゃないかと父は言ってましたけど、そういう問題ではなく・・・
だってお母さんお父さんで始めたら、
我が家は「かっちゃ」「とっちゃ」見たいな感じで呼ばれ始まったものね。

私はねえ、実はママパパからお母さんお父さんに途中で変えるように育てられたのですよ。
母が、身近な人がついに結婚するまで(いや今もかも知れない)その人のお母さんを「ママ」と読んでいたことに対して
えらく否定的で、甘えた感じがして、と嫌悪感あらわにしていたの。
それが強烈に残っているような気もするんだけどね。
どこを見ても、行政までもが当たり前に「ママパパ」を採用していることが気に入らなくて・・・

ママパパで子育てしている人を見下しているのではないのですよ。
アメリカって行ったことないけどさー、
いまだに開国時から明治とか昭和の戦後とかに植えつけられた(に違いない!!!き~)外国に対するコンプレックスがあるんじゃないかと思うと恥かしくなってしまって・・・・

お母ちゃんでもとうさんでもお父でもいいじゃんよ~と思ってしまうのです。

ついでにいうと日本で作られている「歌」ってなんであんない英語交じりなの~!?とも・・・
大大大好きなバンドもそうなので複雑なのだけど、

何も考えないで英語入れてない?って言う場合と、
日本語英語の音の響きや韻とか、
両方を表現の道具として使っている場合とは違うようにも思うのね・・・
大体、ロックそのものが外から入ってきた音楽だし、
日本の人の奥底に眠っていた、何か人として共通する本質を呼び覚ましてくれた音楽かもしれないわけだし・・・


うううううう、朝からディープに(笑)考えの森に迷い込んでしまいました。
失礼しました。

こ、こんなんでもよければまた気楽に(無理か・・・)書き込んでね~。
「ぷっ」と笑ってしまった私にしかわからないかもしれない笑いのツボのこととかも書くかもしれないし(^^)

投稿: ろーずばど | 2007年11月 3日 (土) 10時40分

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