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ママイキで名刺を配る

ママイキ@越谷の受講生のみなさんとランチ会に出席してきました。
ママイキ受講生のみなさん、ろーずばど こと、北海道と信州とビールが好きな、「ささごみ」です。


初めて個人名刺を交換しました!
そこに、ここのアドレスを記載したので、書いておこうと思います(^-^)

☆実はここは、私にとって、ひそやかで自由な場所です。
☆m○xiの日記に日常的なことを書いています。
☆ここにはもう少し深い、自分の気持ちや考えたことを書いています。
mixi(あっ明かしてしまった 笑)で正直にぶっちゃけるのを憚られる気持ちになることがあるため、使い分けています。
☆mixiと、こことは、双方で関係がないようにしておきたいので、
ママイキの名刺以外でここを友達に知らせる予定は、現在のところないのです。


なぜ名刺には記載したのかというと、

… 勢いで

と、

なんとなく、志しというか指向が似ている仲間にで会えそうな気がしたからです。

名刺をきっかけに、急に、信頼しあって励ましあえる関係になるのは難しいかもしれないけど、
ここをきっかけに、そんな仲間が得られたらなあとも思います。


言葉遣いもあまり気にせず、文章をまとめようともせず、だらだら書きたい放題書いています。

そんな場所だということをご理解いただきたく、書き記してみました。

よろしくお願いしますね(^-^)

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懐かしい人

懐かしい人の足跡を見つけてしまいました。

普段日記を書いている、SNSのほうで足跡を発見。

確か以前にも、私のページを訪れていたので、知らずに訪れたわけではなさそう。

どういうつもりかしら。

困るって言うか。

困るって言うか。

困るって言うか・・・

足跡付け返してしまったけど。

うーん。お友達登録してもいいもんだろうか。

といいつつ、あえて登録しなかったんだけど。

ただの「いやー久しぶりなお人!!」というわけではないから、迷う~。

元カレでもありません。

限りなく元カレに近い先輩の足跡発見!!!

未だに独身なんですね、彼は。

元カレではないというのは、ビミョーなラインなのだが、

そのビミョーさゆえに、当時も彼氏とかいうはっきりした立場にはなり得なかったお方。

ああ、ビミョー。ほんとにビミョーなゼツミョーなバランスで成り立っていた関係。

楽しかった・・・一度だけ一緒にお台場に出かけたことがあって、とっても楽しかった。

そして彼を見送るとき、とても残念だった。もっと一緒に遊びたかったなあと。

寂しいなあと思った。

離れた場所に住んでいた方だったので。

どうなんだろうなあ、

そういう思い出って、相手も覚えてるものなのかしら。

同じような、楽しい、いい思い出として覚えているかどうかは、まったく分からないよね。

知り合ってからは長かったし、ずいぶんいろいろ酒の席で介抱していただいたりもしたけど、

その日は初めて手をつないで歩いたんだった。

あー思い出しちゃったなあ。

手 つないでもいい?と尋ねたら、

うん。といってくれたこと。

なんでも見透かされているようなところがあって、難しいんだけど、

とても頭が良くて、話を・・・そうだ、ほんとによく話を聞く人だったな。

私は社会人で、彼は学生だったりしたので、合わないところもあったけど、

自分の学生時代を知っている人なので、とても気楽だった。

なにしろお酒でひどいことになっている私を、人生の中でも3本の指に入る位、

醜態さした上に面倒見てもらった人なので、取り繕いようがない。

学生時代のどうしようもない恋愛中も、傍らというか、ちょっとはなれたところにいた人。

手が、骨がしっかり感じられて、男の人の手だった。

わたし、タバコの煙も、タバコも苦手だけど、

いままでに二人だけ、「この人がタバコを吸ってるのは好きだな」と思っていて、

そのうちのお一人。

口にくわえたタバコが、かっこよかった。

その後、喫煙する男の人には何人も出会ったし、

職場の先輩がくわえタバコをするのも見たけど、くわえタバコのかっこよさでは、

私の人生の中では彼が一番で、未だにその座を守ってたりする(笑)

車の中で喫煙されると苦しいのは苦しいんだけど・・・

あーやばい。

恐ろしいほどにツボだわ・・・いろんなところが。

こんな人にクラッと来る、のもとは、この人なんだろうな。

理系でめがねで声が低くて実は運動神経が良くて腕とか胸が筋肉で厚くて

賢いっ。

クラクラする~(・・・おばか)。

そして、ビミョーな関係。

ビミョーさが崩れた後は、なるべく連絡取らないように、

もうこれで最後にしよう最後にしようと思いつつ、思い出してはふとメールを送ってしまっていて、あーわるいことした、ともやもやしていたもので・・・

2、3年前に共通の好きなアーティストのアルバムのことで知らせたいことがあってメールしていらい、完全に連絡を取らなくなれていた。

ので、これでいいんだと思っていたのだけど、

なんだよ 分かっててそっちから足跡つけんな~~~(TT)

そんなわけで、興味津々で、また日記にコメントのやり取りとか楽しそうだなあという妄想もありつつ、

そんな妄想は捨てる。

登録もするまい。

でも、「なんで足跡ー」な気持ちを、ここに。

王様の耳はロバの耳じゃーーーーーーーーー。

ゼツミョーでビミョーだったから、すべて未遂というか、何もなかったんだーーーーーーーーーーーー。

だから、後悔したぞーーーーーーーーーーー。

全部やって(あらっはしたないっwww)卒業すればよかったってーーーーーーーっ。

王様の耳はっ ローバーのーみーみーっ!!!!

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解放された感情

ホメオパシーについて、セルフケアの限界を超えて普通のお医者さんにかかった、という記事を書いたばかりなのだけど、

遅れてきた?感情的な波を感じてしまった。

今日は(もう昨日だ)、息子の幼稚園の友達とそのお母さんと遊んできたんだけど、

なんだかもう一杯いろんなこと感じてしまった自分がいた。

久しぶり。

苦しい感じで一杯だった。

メールでセッションしてみたら、あふれるように感情が・・・

裏表のある話題が、どうにも苦手に感じる。

平たく言えば、あの人はどーのこーの、とか、その場にいない人を責める話題。

自分だって、これまでそういう話題で盛り上がってお酒も飲んできたけど、

なんか最近、すごく苦しく感じる。いたたまれない。

責めてどうなるんだろうと感じてしまう。

責めたい気持ちはとてもよくわかる。もし自分がその人のことでとても悲しい思いをしたり、大事な子供が傷ついたら、責めたくなる。

だけど話を聞いていけば、話題に上がっている人がどんなに苦しいか、なんてことを感じてしまって。

「なんなの?」な雰囲気ムンムンで場は進んでいったのだけど、

そうやって「責任取んなさいよ」と責める口調で言い続ける人も、きっと傷ついてきたんだろうと、傷が最刺激されているんだろうと、

いや~~~~ そんな事感じるようになってんのか あたしゃ~~~。

当事者じゃないからこんなのんきなこと言えてるのかも知れませんが。

皆別々に、責めたいくらい傷ついた腹が立ったがっかりしたことを安全に吐き出せればいいのになあってほんと~に思う。

そんなことが苦しく思われ、

新しい人とのつながりの中に飛び込んでいった今日は、

自分で自覚している以上に不安や緊張があったのかも知れず、

これまでの自分にしがみつきたくなったような。

好きなものを感じて、自分の中に安心して自分を取り戻したいような。

なんて感じていたら、ぶわっと「怖い!!」という感情が噴きだして、涙がだばだばこぼれてきた。

心細い、こわい、守って欲しい、すがりつきたい。

こうして文章を綴っている今でも、その怖い気持ちや、守って欲しい気持ちがリアルに感じられてしまう。

息子が幼稚園に入園したことで何か再刺激かしら。

じっさいの息子はどうかというと、なんかとってもうまくやってる。

順調に元気に楽しそう。

親が言うのもなんだが、いろいろとうまくやれている。

なんかそれが、そういうことを聞くたびに逆に不安になってたりする。

物覚えがいいとかいろんなこと覚えてるとか知ってるとか、すぐにできるとか。

いいことなの。心配なくて、贅沢な悩み。

しかしそこに重なるのは、やっぱり小さい頃の自分。

似たところを思い出して重ねているんだろうけど。

不安がよみがえったのかもしれないね。

今日はそんな心当たりのあるレメディーは取ってないけど、

ここのところ、いろーんなの摂ったから、遅れてきたかなあ。

セッションでもめちゃくちゃ泣けてしまうけど、あの突発的な抗いようのない涙はレメディかなあとも思ったり。

いずれにしても、昔の感情が出てくるっていうことはあるわけで、

感じたものを、感じなかった振りをしたり、感じなかったことにして押し込めても、

なかったことには出来ないんだよなあって今日も思ってしまった。

幸運なことに、ひとしきり泣いたら、その部分ばかりを気に病むような心の動きは、なくなった。

明日またセッションしたいなあ。

息子よごめんよ。君を見ているといろいろ思い出したりするんだ。

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お医者さんとホメオパシーと

☆ホメオパシーについては 詳しくは検索して 専門のホームページを参照してくださいね☆

このところの強烈な体調不良、セルフケアの範疇はとうに超えていたように感じる。

いまさら、って感じだけれど、久しぶりに真面目に病院に行った。

そして久しぶりに病院で処方された薬を飲んでいる。

産後、ホメオパシーに出会ってから、これは素晴らしいと飛びついた。

頻繁に起きる体調不良に、そのたびに薬を飲むのは不安だったし、

そのたびに診察受けたり、遠くまで薬局に出かけたりが大変だったし。

子育てを始めたばかりの頃、私は「母乳で育てないと、子供は健康に育たないし幸せにもなれない」くらいの勢いでものすごく思いつめていた出発点が、実は、ある(くすん)。

たびたび書いているけど、体力とか疲れやすいとか丈夫かとか、とにかく健康にコンプレックスがあるし、

自分自身の精神的というか性格的なものも、すごく考えて思いつめて、これじゃダメだ~というところにいつも行き着いてしまうパターンがある。

ホメオパシーは精神的なものにもアプローチできて、自分が気づかずに押さえ込んだのを解放するきっかけになる、という点に本当にひかれた、、、、というより、望みを託した、という感じがある。

でもだんだんそれが、母乳の時の感覚に近い、強迫観念にもなっていたのかなあと思う。

症状を押さえ込んだら、「ダメ」 

症状はありがたいもの、気づくためにあるもの、

感情を抑えることでもさまざまに体に影響が出る、

本来の自分で生きる・・・・・・

自然療法なんかとともに、セルフケアのツールはたくさんあったほうがいい、という程度の思いだったのに、

本を読むにつれ、いろんな掲示板やブログをのぞくにつれ、

どんどん視野が狭くなっていったのかもしれない。

決して薬を飲んだらいけないなんていわれたこともないし、書いてもいないけど、

自分がそう思い込み始めていたように感じる。

書き込みや、ホメオパシーの周辺に漂う雰囲気が、そう思わせた、っていうのもあるのかなあ。

西洋医学で症状を押さえ込むと、全て悪い方向に行ってしまうような、そんなイメージ。

極端に言うと、西洋医学=よくない くらいのイメージを、いつの間にか膨らましていたのかもしれない。

今までにホメオパシーがヒットした経験もあるし、確かにかつて封じ込めた感情が解放されたこともある。

でも私が持っているのは、「キット」で、専門のホメオパスにかかったのは一度だけ、

最近はかかりつけ?みたいなホメオパスの人はいなかった。

よく、販売元に電話で尋ねていた。

このたびの体調不良は、咳が相当激しく苦しく、かつ長引き、

電話でいろいろ聞いても、キットで対応できる範囲は実際超えた部分もあった。

でも何とか咳は収まり、

すると次は胃痛。頭痛。歯痛。

胃痛も一週間は何とかケアできないかと頑固さんな私だったが、

痛みが続き、家族への負担も増え、気分も暗く、何より、先の見通しが立たなく、

日常生活に差し支えまくりの状態になってしまった。。。

とあるホメオパシー関係の掲示板に、最近、まるで論客のような、ホメオパシーを快く思っていない方々の書き込みを目にする。

初めはただの掲示板のアラシかと思っていたのが、

冷静に読むと、視野が狭くなっていたり、選択肢にゆとりがなくなっている場合に陥りがちな点を指摘している書き込みもあった。

ただ、冷静に読む努力をしないと、かちんとくる感情に飲み込まれたり、

すべてを否定にかかっているわけ?と感じられることは否めないため、

議論も的を得ているよう点もあるけれど、巧妙に論点をすりかえられた書き込みには、「それは違う」といいたいけれど議論として反論できないような気にさせられる。

そんな書き込みの中に、はっとするようなものがあり、今回はそういうタイミングはラッキーだったかなあと思う。

ホメオパシーは、難しいし、今の科学では皆が納得できるような説明をするのも難しいところもあるように思う。

難しくないよ、「こんな症状に効く」ということだけ見ていけばいいよ、と説明されたこともあるんだけど。

効くのが何よりの証拠、と感じるところもあるが、

一人で本を頼りに、掲示板を頼りに、というのは、片手おちになりやすいかもなあと思った。

いろいろとセミナーとか開催されてるし、ホメオパスに尋ねなきゃ分かるはずもない使い方もあるし、

なんでしょう、よく父が、「一人で我流で座禅に取り組み続けるのは”野弧禅”に陥りやすいから、道場にかようのは必要」というようなことを言っていた。

「野弧禅とは 座禅」でググってみたら、「自ら悟ったと言いふらすような人のこと」という一文に出会った。

あれ、書いているうちにちょっと違うような気もしてきたが、

その、分かった風な状態に陥りやすく危険、という感じが似てるかなと感じたのである。

歯医者にいき治療を受け薬をもらい、

胃腸科にいってレントゲン、胃カメラ、超音波といろいろ調べてもらった。

薬を飲もうと決めるまでに、例の強迫観念をものすごく感じたのである。

私はそんなに大きな病気はしてこなかったけれども、

予防接種もしたし、肺炎にかかったときは抗生物質飲んで直したし、

風邪もしょっちゅう引いて薬も処方され、婦人科系でもいろいろ薬を処方された。

添加物もたくさん取ったし、いっぱい精神的にも傷ついたし無理もしたし抑圧もした。

ついでに言えば、バリバリのミルク育ちだ。

程度や自覚の違いこそあれ、皆人生サバイバーで生きているんだから、多くの人がそうなのだ。皆がんばっているのだ。

そして今こうしてまがいなりにも生きている。

さまざまなことを感じて、生きている。

まともかどうかは、人によって感じ方は違うけど、幸せに生きているって感じる。

「薬で抑えちゃダメ」「抑圧したらひどいことになる」の一点張りで薬を拒絶してたら、今の私の存在ったらどうなの?ってことになってしまうよね、って。

あったりまえのことなんだけど、自分が今日、ここにこうして生きているということに

感謝しつつ、へんな言い方だけど安心して自信を持ってもいいかなあと思ったのである。

そして、「自然に」「自分の治癒力で」「自然治癒力で」という、ことに対して、

以前、新聞に掲載されていた記事を思い出す。

「自然なお産をというけれど・・・」というようなヤツで、

とにかく自然なお産を望む人は多いけど、では、いったいどれだけの人が昔ながらの生活・環境で生活しているのか。今の、これだけ不自然な世界で不自然な、昔ながらの暮らしとは程遠いような暮らしをしている人が、いきなりお産だけ「自分の本能」だとか「自分の力で」とか「自然に」といっても、難しい部分はやはりあるのだと思う・・・・

というような内容。

(相当昔で、何も調べずに記憶だけを頼りに書いているので異なる部分もあろうかとは思うが)

病気を治す、ということについても、

今まで西洋医学をベースにした医療で病気をケアして生きてきたものを、

どれほど副作用がなくすばらしい療法だといっても、

今までのやり方を一切なしにするのは、そりゃ難しいだろう、ということになるんだ後思ったのである。

書いてたら至極当然のような気がしてきた。

なんか今日の日記はざんげに近いか・・・

あの論客の皆さんのように、ホメオパシーを全面否定しようとは思わない。

できればやっぱり自分自身にもともと備わった生命力なんていうものを信じてみたい。

だけど、しみじみ思った。

ホメオパスにかかるのってやはり安くはない。

私にとっては、ぱぱっと困ったときにすぐにかかれるものではなかった。

そして分からないなりに何とかしようなんてしているうちに長引く・・・疲れる・・・もっとひどくなる・・・

自分の今の症状が出ている状態が俗に言う好転反応なのかも分からない。

痛みや、罪悪感を感じながら過ごしたり、抗生物質など薬で楽になることを悪と思う必要は、ある分けなかったのに。

どこでこんな袋小路に入っちゃったのかなあ。

とても危険な自分の一面を見てしまった思いで一杯である。

どうだろう。

キットを販売する際に、セミナー受講を義務付けて販売とか。

セルフでやるには、やっぱり難しいなあ。

精神なことでは相変わらずレメディでどどーんと波が来たりする。

レメディ+話を聞きあう=どどーん、なのかも知れないけれど。

フツーに考えれば、今回の場合はもっと早いうちに病院いけよ~って感じだろうなあ。

そこの見極めなんだろうな。

あとは、「得意分野」で使うってことかな。

都内の医大付属系の医療機関に、さまざまな代替・補完医療を取り入れた施設があるそうだけれど、そこでは西洋医学を修めて国家資格としてお医者さんである人に診察・相談ができるらしい。

そういう施設が増えてほしいなあと思うけれど、やはり費用は保険適用外となり、お高い。

は~~。

セルフといえば、自然療法のコンニャクを使った肝腎脾臓の手当て、効いた~。

これはてきめんだった。

激痛だった胃痛が、手当てを堺に、格段に痛みが緩くなったもの~。

効く効かない以前に、気持ちいいし・・・ぽかぽかして。

息子も大好きな手当て。

しかしこれも。

「いかん」と思ったらやっぱびしっと西洋医学のお医者さんに、

現代に生きる人は行く必要があるように思った今回の出来事。

慢心していたところもあるかも~(はあ)

アロマテラピーとかフラワーレメディとか、自然療法の家でできる手当てとか、ホメオパシーとか。

体の下地作り、日常のメンテナンス的な使い方にはイリョク発揮なのかなあ。

とにかく今回は考えさせられた。

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